Ansysは、シミュレーションエンジニアリングソフトウェアを学生に無償で提供することで、未来を拓く学生たちの助けとなることを目指しています。
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Ansysブログ
November 15, 2023
搭載型水素燃料電池システムは、海運業界が求めていた脱炭素化の手段になり得るのでしょうか。
そのソリューションに取り組んでいるのが、ドイツのFreudenberg e-Power Systems社(以下、FEPS社)です。
さまざまな産業技術および製品を製造するFreudenberg Groupは、2022年に設立されたグループ会社のFEPS社とともに、輸送業界最大の温室効果ガス排出源の1つである船舶に対応する、スケーラブルでカーボンニュートラルな電力および推進システムの開発に取り組んでいます。
重工業分野における化石燃料への依存を解消するという同社の革新的なコンセプトは、小型の搭載型化学プラントという形で実現されています。このプラントは、メタンやメタノールを水素に変換し、低温ポリマー電解質膜燃料電池(PEMFC)のスタックに供給する水素生成モジュールです。1つのシステムで正味出力500kWの電力を生成でき、複数のシステムを組み合わせて船舶のエネルギー需要を満たすことも可能です。
図1:Freudenberg社の海運用PEM燃料電池システムの概観。このシステムには、水素生成モジュール、燃料電池モジュール、電子モジュールが搭載されている。水素生成モジュールは、メタノールやメタンを水素リッチ改質ガスに変換する化学プラントであり、水素リッチ改質ガスは燃料電池モジュールに供給される。燃料電池モジュールには、燃料電池内部の水素と酸素の電気化学反応によって電気を生成する複数の重工業用燃料電池スタックが搭載されている。生成された電力は電子モジュールを介して船舶に供給される。©Freudenberg e-Power Systems
エンジニアは、プラントの燃料電池、反応器、およびその他の部品をモデル化するために、Ansys Fluent、Ansys nCode Design Life、Ansys Mechanicalを使用しました。また、マルチスケールシミュレーションを実行する際には、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)に対応するAnsys Cloudを活用しました。
Freudenberg社のシステムシミュレーションエンジニアであるStephanie Frankl博士は、シミュレーションは、水素生成の最適化、燃料電池の長寿命化、部品の耐久性向上といった重要なタスクに取り組むのに役立ったと語っています。
シミュレーションはこれらの作業に効果を発揮するだけでなく、プロトタイピング前に必要となる設計反復回数を削減し、時間とコストの節約という大きな効果ももたらしました。
港から港への原材料の輸送から、完成品の輸送まで、世界の貿易品の80%以上が海路で輸送されています。世界の海運業は非常に大きなビジネスであり、コロナ禍を経てさらに成長しています。世界のコンテナ船は今年6.3%、2024年には8.1%増加すると予想されています1。
これは経済的には明るいニュースかもしれませんが、その裏側では環境破壊という代償を払っているのです。世界の海運業界による年間の温室効果ガス排出量は、全体の排出量の約2.8%を占めています2。しかも、これには他のどの種類の船舶よりも炭素集約度の高いクルーズ船は含まれていません。国際海事機関(IMO)は、2050年頃までに海運業界から排出される温室効果ガス(GHG)排出量をネットゼロにするという野心的な目標を設定し、2030年までにGHGゼロまたはそれに近い代替燃料の導入を確実に進めるという構想を掲げていますが、出荷量(および乗客数)の増加に伴い、排出量も増加することが懸念されています3。
海運業界とクルーズ業界の双方が主張するように、目標と現実のギャップを埋めるためには技術的な創意工夫が必須であり、それぞれ業界を挙げてこの問題に取り組んでいます。業界の専門家から欧州海上安全機関(EMSA)に至るまで、すべての関係者が総力をあげて、従来の内燃機関に代わる推進力および搭載動力源を検討しています。2016年以降は燃料電池に焦点が当てられ、これまでいくつかの種類が検討されてきましたが、水素と酸素のみで発電する低温PEMFCが海運業界で最も有望視されています。
FEPS社のエンジニアは、PEMFCの長所を活かしながら、船舶でのPEMFCの使用を妨げる最大の障害の1つである、「貴重な貨物スペースをあまり使わずに大量の水素を貯蔵する」という課題に取り組んできました。
低温PEMFCを輸送用途に使用すること自体は、新しいことではありません。PEMFCは大型トラックやバスへの電力供給実績があり、そのコンパクトな設計と高いエネルギー密度、つまり少量の質量で多くのエネルギーを貯蔵できる点が高く評価されています。また、100°C未満の温度で動作する低温PEMFCは、起動に時間がかかりません。
PEMFCを船舶で使用する主な理由は、有害な排出物を放出することなく、酸素と水素の化学反応によって電力を生成できることです。もちろん、そのためには、酸素と水素の両方が必要であり、船舶の出力や航続距離の要件を満たすために十分な水素を船上に貯蔵することが課題の1つとなります。
酸素は周囲環境から簡単に取り出せますが、水素は材料がないと生成できないため、水素を含む分子から水素を分離し、それを液体状態または高圧縮気体として貯蔵する必要があります。いずれにしても、水素の体積エネルギー密度は比較的低く、一定の量のエネルギーを貯蔵するとなると、比較的大きな体積が必要になるため、十分な量のエネルギーを船上に貯蔵するには、船内のスペースを圧迫する可能性のある複数の巨大な燃料タンクが必要となる可能性があります。
Freudenberg社のソリューションは、コンパクトな水蒸気改質プラントを使用して、輸送、取り扱い、貯蔵が容易なグリーンメタンまたはグリーンメタノールを水素に変換します。現在の水素生産量のうち、半分近くは水蒸気改質によるものです。これは最先端の手法です4。この燃料電池内の反応は、内燃機関における直接燃焼反応と同じですが、窒素酸化物を排出しません。その代わりに、燃料に蓄えられた化学エネルギーが電気エネルギーに直接変換され、水蒸気のみが排出されます。
有機化学の基礎知識から、メタンやメタノールに炭素が多く含まれていることはご存じでも、これがどうしてネットゼロプロセスになるのか疑問を持つ方もいるでしょう。FEPS社のエンジニアが指摘するように、メタンとメタノールがグリーン水素から生成される際に排出されるCO2はすでに生産プロセスで回収されているため、CO2の閉ループが形成されていることになります。言い換えれば、構成成分の供給源が重要であり、それこそがFreudenberg社が考慮してきたことです。
Freudenberg社のエンジニアは、搭載型プラントを開発するために、PEMFC技術を全面的に再設計する必要はありませんでしたが、自動車用燃料電池よりもはるかに長い寿命を持ち、数十年にわたって動作し続ける海洋船舶用燃料電池を開発する必要がありました。
その際に威力を発揮したのが、Fluentとその強力なメッシュ生成機能です。
燃料電池の寿命はさまざまな変数に依存しますが、長期間使用できる製品を開発するには、部品の設計と動作条件が鍵となります。燃料電池の各部品の寿命を延ばすためには、無数の個別の要件を考慮する必要があります。たとえば、燃料電池内の反応ガスは均一に分布している必要があり、ポリマー膜の温度も均一でなければなりません。
Freudenberg社のエンジニアは、Fluentを使用してシミュレーションを行ったことで、燃料電池内の化学種、温度、電流分布に対する動作条件の影響を可視化し、調査することができました。
図2:燃料電池膜内の温度分布をAnsys Fluentでシミュレーションし、ポストプロセスを実施した。青色は低温、赤色は高温を示す。©Freudenberg e-Power Systems
この作業では、2つのメッシュを組み合わせ、メッシュ数が合計5000万セルを超えるセルを持つ計算領域を作成しました。 Freudenberg社の燃料電池エンジニアであるVictoria Damerow氏は、燃料電池モデルの形状は複雑なため、燃料電池シミュレーションではメッシュ生成が特に重要になると述べています。
また、「この複雑さは、燃料電池のマルチスケール特性が原因です。バイポーラ板などのセンチメートル単位の部品だけでなく、膜電極接合体などのマイクロメートル単位の部品も含まれています」とも述べています。
図3:2枚のバイポーラ板と膜電極接合体(MEA)で構成されるFreudenberg社のPEMFCの単一セルアセンブリ。バイポーラ板は、反応ガスの流れをMEAに誘導する役割を果たす。©Freudenberg e-Power Systems
図4:PEMFCのMEAの構造。MEAは、多孔質の陽極および陰極電極と、プロトン交換膜(PEM)で構成される。この膜はポリマーで作られ、電子導電性を持たないため、陰極と陽極を絶縁する役割を果たすが、このポリマーにより、陽極と陰極の触媒層(CL)における水素と酸素の電気化学的半電池反応に必要な、陽極側から陰極側へのプロトン輸送が可能になる。また、電極はガス拡散層(GDL)と微細多孔質層(MPL)で構成され、これらの層によって、反応ガスがCLに分配される。©Freudenberg e-Power Systems
Damerow氏は次のように語っています。「燃料電池の形状には、非常に薄い部品と比較的大きな部品の両方が含まれています。そのため、スケール間で十分な解像度と品質を確保したメッシュを生成しながら、計算コストを管理可能な範囲に抑えることが大きな課題となっています。私たちは、Ansysが提供しているさまざまなメッシュ生成ツールの中から、各燃料電池部品のニーズに最適なものを選択しました。さまざまなメッシュを組み合わせることで、全体的に非常に良好な結果を得ることができました。Ansysのメッシュ生成ツールの柔軟性が大きなメリットとなっています。」
また、Fluentを用いることで、メタンやメタノールの変換効率を向上させて、水素生成効率を最大限に高めるとともに、熱回収を改善し、システムの効率を最適化することができました。
Frankl氏は次のように述べています。「最高の燃料変換を得るためには、反応器内の流れを最適化しなければなりません。なぜなら、これによってシステムの効率が決まるからです。さらに、熱回収を最適化するために、プロセス内に熱統合を取り入れる必要があります。それに加えて、水蒸気改質に使用する触媒の内部で発生するすべての現象をモデル化しなければなりません。」
Frankl氏は、燃料電池のモデリングに使用したのと同じデュアルメッシュ法を用いて反応器の開発に取り組んでいると述べています。
Frankl氏は次のように語っています。「さまざまなツールを使用して、各部品に最適なメッシュを生成できることは非常に便利です。さらに、Fluentは、これらの各メッシュをすべて1つに統合することができるため、非常に忠実度の高いシミュレーションが可能になり、高解像度を必要とする部分はすべて適切に解像され、それほど重要でない部分にはより粗いメッシュが使用され、計算量がいくらか減少します。」
フル機能の化学プラントを貨物船内などの制約された空間に収めることは、フルサイズの施設のスケールモデルを作成するようにはいきません。
FEPS社のエンジニアにとって、省スペース化に取り組むことは、水素供給モジュールを小型化するだけでなく、船舶の限られたスペースに収められる「非常に創造的な反応器形状」を考案することも意味していました。
図5:反応器床内にランダムに配置されたシリンダをシミュレーションし、ガス流れの流線を示したもの(Ansys Rockyを使用)。このシミュレーションでは、充填床を含む管壁の温度を一定に設定し、充填床を介した管壁から流体への伝熱を評価した。シミュレーションの最終的な目的は、充填床シミュレーションに対する多孔質媒体アプローチに基づくカスタム伝熱モデルを検証することであった。©Freudenberg e-Power Systems
また、プラントの構造強度に影響を与える可能性のある振動や加速度が嵐や強い波によってどのように発生するのかを予測する必要もありました。
ここではMechanicalを使用して、さまざまな部品に対する動作条件の影響をモデル化し、サイズ、形状、効率、有効性のバランスをとったことで、従来と異なる形状でありながら、自然の力に耐えつつ、認証要件を満たすプラントを実現することができました。さらに、Mechanicalと、業界をリードする耐久性解析ツールであるnCode Design Lifeを組み合わせて使用することにより、疲労解析を包括的に行って、部品レベルでの潜在的な弱点を特定し、プラントの運用寿命をより正確に予測することもできました。
Freudenberg社は、燃料電池モジュールと水素供給モジュールのモデルを完成させた後、それらを組み合わせてシステム全体の挙動をモデル化しました。次のステップは、シミュレーションの検証と妥当性確認を行ってから、初期のプロトタイプから得られた測定データを使用して、モデルの精度と信頼性を向上させることでした。
FEPS社は、この仮想開発プロセスを通じて、持続可能な海上輸送に画期的な変革をもたらすことで、商品や人をA地点からB地点へ低排出量で輸送する方法を求める企業や社会の要請に応えています。
豪華クルーズ船旅行の人気上昇と世界貿易における貨物船への依存度の高まりを考慮すると、PEMFC技術の進歩は、国際水域、ひいては地球の大気に歓迎すべき恩恵をもたらすでしょう。
さらに、グリーンモビリティ運動へ参加している業界は、Freudenberg社の水素パワーユニットにより、この先何年にもわたって順調に進展していくと考えられます。