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フェーズドアレイアンテナとは

フェーズドアレイアンテナは、単一のアンテナのように連携して動作する複数のアンテナ基本構成要素をアレイ状に配置したものです。物理的な動きを必要とせずに、1つまたは複数の方向に向けて電子的に制御された電波を発信します。

フェーズドアレイシステムは、「ビームフォーミング」と呼ばれるプロセスを通じて、各アンテナ素子から同一周波数の信号を発信しますが、各素子の位相と大きさは異なります。このように制御することで、電波が重なり合い、干渉が生じ、指向性とゲインの高いビームを表す放射パターンが形成されます。

大半のフェーズドアレイアンテナは平面であり、線形、単一平面、または3次元に配置されたアレイ内の数百または数千の個別素子で構成されます。エンジニアは、シミュレーションで解析した高周波電磁界の物理特性に基づき、アレイ素子、アレイ全体の構成、アンテナを駆動する無線周波数(RF)ハードウェアおよび電子回路を設計します。 

フェーズドアレイアンテナの基礎

フェーズドアレイアンテナシステムは、パワーエレクトロニクス、RFコンポーネント、アンテナ設計を1つの高性能システムに統合した複雑なシステムです。設計チームがフェーズドアレイアンテナシステムを構成する方法や、最適な適用分野を理解するには、以下の基本事項に精通している必要があります。

電波の振幅、位相、周波数、および波長

電波は、高周波電磁放射の一種であり、約3KHzから3,000GHzの帯域幅で振動する正弦波の形を取ります。以下の図に、波の基本特性を示します。

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位相と振幅がシフトした同一周波数の2つの信号の簡略表現

波長は、波が1サイクルで移動する距離です。振幅は波の最大値であり、位相は各波のピーク振幅間の差(時間遅延)です。周波数は、通常は一定で、フェーズドアレイアンテナではわずかな変動しかありませんが、アンテナごとに位相と振幅の両方を変化させることができます。

アンテナ素子

アンテナ素子は、アレイを構成する個々のアンテナです。アレイを形成するために組み合わせることができるアンテナ素子には多くの種類がありますが、最も一般的に使用されるアンテナ素子は、パッチアンテナ、マイクロストリップパッチアンテナ、導波管ホーン、またはモノポールアンテナです。アンテナの動作周波数によって素子のサイズと間隔が決まります。

アンテナゲイン

アンテナゲインは、信号を全方向に均等に発信させる理論的な単一等方性放射体と比較した、任意方向の信号の強度(振幅)です。

フェーズドアレイアンテナのビームフォーマーコンポーネント

ビームフォーマーは、入力信号を制御可能な送信信号に変換するために用いる電子およびRF回路で構成されます。フェーズドアレイアンテナの最も一般的なタイプであるパッシブフェーズドアレイシステムでは、1つの入力信号が、一連のコンポーネント(トランスミッターパワーアンプ、ビームフォーマー、そして個々のアンテナ素子)を使用して目的の方向を向く信号に変換されます。ビームフォーマーは、通常は減衰器、位相調整器、または同様の機能を提供するコンポーネントで構成されます。 

Web

特定の幅と方向を持つ信号を形成するために使用する主要コンポーネントの回路表現

  • トランシーバーパワーアンプ(PA): 入力信号を増幅することで、要求される増幅の信号を生成します。これがレシーバー側で測定される信号です。
  • 出力分配器: 出力分配器では、各アンテナ素子回路の入力信号が複数の信号に分割されます。
  • 減衰器: 各アンテナ素子の振幅は、減衰器によって必要に応じて増減されます。パッシブまたはアクティブなデジタルデバイスまたはアナログデバイスです。 
  • 位相調整器: ビームステアリングにおいて重要なステップとなる、波形にわずかな遅延をもたらすデジタルまたはアナログデバイスです。
  • アンテナ素子: 最後に、信号はアンテナ素子に到達し、目的の位相と振幅で送信されます。
  • 低雑音増幅器(LNA): アンテナを受信アンテナとしても使用する場合は、低雑音増幅器も搭載されます。
  • 送受信スイッチ: アンテナを信号の受信にも使用する場合は、スイッチを使用して、パワーアンプの代わりにLNAを介して入力信号を送信します。

フェーズドアレイを制御するコンピュータでは、各アンテナ素子の振幅と位相が電子的に変更されますが、迅速な変更が可能となるため、ビーム方向を素早く切り替えることができます。

ビーム方向

ビーム方向とは、各アンテナ素子からの信号が結合された後、アンテナの原点から最大信号強度点までを指す方向です。アンテナ設計では、2つの角度を用いてベクトルを指定します。方位角は水平面における方向を表す角度で、仰角は水平面からの上向きの角度です。

ビーム幅

信号振幅対ステアリング角度のプロットは、フェーズドアレイによって生成された主ビームとその他のビームを、「ローブ」と呼ばれる隆起としてグラフ上に示します。ビーム幅は、最も強いローブの幅を角度で表したものです。

ビーム幅の測定には2つの基準があります。1つ目は、ヌル位置からヌル位置までを測定する第1ヌルビーム幅(FNBW: First Null Beam Width)です。2つ目は、ピーク電力の半分の位置で測定する半値電力ビーム幅(HPBW: Half-Power Beam Width)です。

ビームステアリングとビーム走査

ビーム方向を電子的に設定することを「ビームステアリング」と呼びます。ビーム方向がパターンに従って移動するとき、これは「ビーム走査」と呼ばれます。より複雑なフェーズドアレイアンテナでは、わずかに異なる周波数で異なる方向を向く複数のビームを制御できます。

サイドローブ

サイドローブは、主ビームではない、放射パターン内の任意の局所最大値です。こうしたサイドローブによって、エネルギーの無駄や干渉が生じます。そのため、アレイ設計では、このサイドローブを最小限に抑えることを目指します。 

フェーズドアレイアンテナのタイプ

フェーズドアレイアンテナには、さまざまな形態があります。専門家は、トポロジーやビームフォーマー技術に基づいて、さまざまなタイプのフェーズドアレイアンテナを分類します。

フェーズドアレイトポロジー

フェーズドアレイシステムのタイプを区別する1つの方法は、アンテナ素子の相対位置で分類する方法です。ほとんどの光学系は、次のトポロジータイプのいずれかに分類されます。

  1. ライン(1D)アレイ: アンテナ素子は、ビームの方位角を変化させるために水平線上に、または仰角を制御するために垂直線上に配置されます。
  2. 平面(2D)アレイ: アンテナ素子は平面(平面構造)上に配置され、アンテナの上の空間全体をカバーするために、仰角と方位角の両方で制御されます。
  3. 3Dアレイ: アンテナ素子はボリューム全体にわたって配置され、1つまたは複数のビームを任意の方向に制御できます。

ビームフォーマーのタイプ

パッシブ電子走査アレイ(PESA): パッシブフェーズドアレイは、アレイ全体に単一のトランシーバーを備えたアンテナです。最も一般的なフェーズドアレイ構成です。

アクティブ電子走査アレイ(AESA): アクティブフェーズドアレイは、各アンテナ素子または素子のサブセットに、各素子の位相シフトを生じさせるアナログトランシーバーモジュールがあるアンテナです。これはより高度で、軍事用途での採用実績が多いアプローチです。

デジタルビームフォーミング(DBF)フェーズドアレイ: DBFアレイアンテナは、デジタルトランシーバーモジュールを使用して、各アンテナ素子の位相と振幅を変化させます。また、複数のビームを生成でき、フィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)チップやアレイコンピュータを使用してアンテナパターンをデジタルで形成します。さらに、デジタルビームフォーミングアレイでは、放射パターンのヌルを形成して電力感度を低下させたり、既知の方向との干渉を軽減するために受信感度を意図的に抑えたりすることができます。

ハイブリッドビームフォーミングフェーズドアレイ: AESAとDBFのアプローチを組み合わせて、ハイブリッドビームフォーミングフェーズドアレイを形成できます。このアプローチでは、サブアレイも使用します。各サブアレイはアナログトランシーバーを使用し、サブアレイ内の各アレイ素子は独自のデジタルトランシーバーを持ちます。このアプローチでは、同時ビームのクラスタを形成できます。

フェーズドアレイアンテナの利点と用途

通信システムやセンサーを設計するエンジニアは、フェーズドアレイアンテナを使用して、空間選択性の高い無線RF信号源を作成します。アンテナアレイを使用すると、次の1つまたは複数の機能を備えたシステムを設計できます。

  1. 複数のアンテナ素子を組み合わせて、より大きな開口と強い信号を生成する
  2. ビームフォーミングを使用して電子走査アンテナを作成する
  3. アダプティブ、ハイブリッド、またはデジタルビームフォーミングを使用して、複数の方向を同時に指すビームを作成し、他のRFシステムとの干渉を最小限に抑える

これらの機能は、機械駆動の反射鏡アンテナやマストアンテナと比べて、いくつかの重要な利点をもたらします。

  • 電子走査ビームは、ビーム方向を非常に迅速に切り替えることができるため、はるかに高速な走査が可能になります。
  • 大きなパラボラアンテナを備えた機械駆動の反射鏡アンテナと比較して、フェーズドアレイアンテナは設置スペースが小さく軽量です。そのため、車両や建物の外面に設置できます。
  • また、フェーズドアレイシステムは低いコストで同じ性能レベルを達成しますが、特にビームフォーミングやアンテナ素子に集積回路(IC)を使用する場合にそれが顕著となります。
  • 高い信頼性。万が一、チャネル内の個々のコンポーネントが故障しても、アンテナシステム全体の基本性能が損なわれることはありません。機械駆動のアンテナシステムに見られる単一障害点の問題とは対照的に、コンポーネントが故障すると同時にシステム全体が即時停止することはありません
  • 単一デバイスを使用して、信号を複数の方向に向けます。
  • 各アンテナ素子の電力が加算されるため、電力効率が向上します

こうした利点により、初期のRF設計者は、遠方から到達した非常に弱い信号を増幅できるフェーズドアレイレーダーや電波天文学アンテナアレイを開発していました。その後はフェーズドアレイの用途も増え、現在では他の航空宇宙システムや、医療、自動車、産業機器、そして通信システム用のアンテナも開発されています。

多方向アレイアンテナシステムは、以下の用途に使用されています。

シミュレーションを活用したフェーズドアレイアンテナ設計

フェーズドアレイアンテナ用の小さなアレイであっても、シミュレーションなしでは設計は難しく、数千のアンテナ素子を持つシステムであればシミュレーションが不可欠となります。アレイ間隔からサイドローブ損失まで、すべてを手作業で計算することは容易ではありません。また、電波無響室での放射パターンの測定も、コストと時間がかかります。 

領域上の軌道を周回するフェーズドアレイアンテナの最大ゲインが地上局を動的に指す様子を示すシミュレーションのアニメーション 

シミュレーションを導入することで、エンジニアはアレイとビームフォーミングコンポーネントを設計するだけでなく、効率、コスト、速度の観点からシステムを最適化できます。また、シミュレーションを通じて、製造公差と材料バリエーションが設計に与える影響を把握できるようになります。

エンジニアは、シミュレーションツールを使用して、アンテナアレイ、アンテナ素子、ビームフォーミングコンポーネントを設計、検証、最適化します。また、アンテナがシステム全体とどのように相互作用するかをシミュレーションで確認することも可能です。

高周波電磁界シミュレーションソフトウェアのAnsys HFSSなどの包括的で使いやすく正確な高周波電磁界有限要素法ツールは、フェーズドアレイアンテナのあらゆる電磁界特性をシミュレーションするのに適しています。このツールは優れたメッシング、並列ソルバー、アレイ専用に作成されたワークフローにより、コンポーネントレベルおよびシステムレベルのモデリングのゴールドスタンダードとなっています。Ansys HFSSを使用することで、個々の導波管からアセンブリ全体の信号伝搬まで、あらゆるものをシミュレーションして、ハードウェアが利用可能になる前にアンテナをモデリングできます。

高周波チャネルおよびレーダーシグネチャシミュレーションソフトウェアのAnsys Perceive EMなどのツールで提供されるShooting and Bouncing Ray(SBR)法は、長距離にわたる、あるいは倉庫内の棚や建物などの障害物の周囲におけるアンテナ性能をモデル化でき、さらに高度なシミュレーションを実行できます。アンテナシステムの設置による局所的な影響を考慮しながら設計する場合は、HFSSのSBR機能を使用して、設置先となる塔、建物、車両とアンテナの自己カップリングを捉えることができます。また、高忠実度ワイヤレスチャネルモデリングソフトウェアのAnsys RF Channel Modelerなどのシステムレベルツールを使用してシミュレーションを実行すると、ネットワーク内でアンテナ設計がどのように機能するかをモデル化することもできます。

電磁特性を理解して最適化した後は、フェーズドアレイシステムの熱応答と構造応答を調べる必要があります。その場合は、高周波電磁界ソルバーとの接続が可能な構造有限要素法解析(FEA)ソフトウェアのAnsys Mechanicalエレクトロニクス冷却シミュレーションソフトウェアのAnsys Icepakなどのツールを使用できます。さらに、アンテナを車両や航空機に搭載する場合は、流体シミュレーションソフトウェアであるAnsys FluentなどのCFDツールを使用して、高速での空力荷重を理解して設計することもできます。 

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