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2006年に発売されたソニーのプレイステーション3(PS3)の販売台数は8,740万台を超えています。PS3は、通常は本来の目的であるゲームのために使用されていますが、一部ではユニークな目的に使われています。一例として、ニューヨーク州ロームにある米空軍研究所(AFRL)は、1,700台以上のPS3を組み合わせて、「コンドルクラスタ」と呼ばれるスーパーコンピュータを構築しました。
なぜAFRLはPS3を使用してスーパーコンピュータを構築することにしたのでしょうか。その目的は、市販の既製品(COTS)部品を使用して、低コストで高性能なスーパーコンピュータを開発することでした。この取り組みは大きな成功を収め、コンドルクラスタは当時最も強力なスーパーコンピュータの1つとなり、500兆TFLOPS(浮動小数点演算回数/秒)という性能を達成しました。しかも、従来の他のスーパーコンピュータに比べて、はるかに低価格でした。
コンドルクラスタは分散コンピューティングシステムの一例です。簡単に言えば、分散コンピューティングは、複数のコンピュータを分散して配置することによりデータを処理し、保存するものであり、柔軟性、冗長性、性能の向上といったメリットがあります。
この分散コンピューティングの概念は、宇宙技術の発展にも応用可能です。たとえば、この例におけるPS3を衛星に置き換えることができます。単一の衛星や複数の衛星群は宇宙で分散コンピューティングを実行でき、後者は衛星間の通信経路を形成することで、実質的に宇宙にデータセンターやスーパーコンピュータを構築することになります。
分散コンピューティングを利用する衛星は、宇宙機内で発電される電力や宇宙機の熱的限界に合わせて拡張できる極めて効率的なノード(個々のエッジコンピュータまたはそれらのクラスタ)を活用できます。これは重要な利点です。こうした分散コンピューティングデータセンターは基本的に巨大なエッジコンピュータとして機能し、データの保存と計算をデータソースにより近い場所で実行できるようになります。
分散コンピューティング環境を構成する複数のシステム(資料提供:Aethero社)
宇宙機にエッジコンピューティングを導入することで、さまざまなメリットが得られます。具体的には、高速宇宙機を用いたリアルタイムミッションや自律的な意思決定を実現するために処理速度を向上させるだけでなく、軌道上で処理を行うことで、帯域幅が制限された環境での混雑を回避することも可能になります。宇宙ベースのデータセンターのもう1つのメリットは、データを宇宙に分散配置されたデータセンターに保存することで、データとプライバシーに関する懸念を解消できることです。
コンドルクラスタ(PS3スーパーコンピュータ)などの地球上の技術とは異なり、これらのメリットを得るためには、宇宙の過酷な環境に耐えなければなりません。そこで登場するのが、次世代の宇宙データインフラのパイオニアとなっているAethero社です。
宇宙は、極めて過酷な環境であり、その中で運用するには強烈な放射線や極端な熱環境(超高温の太陽熱や日の当たらない領域での極寒など)に耐えられる部品で構成された設計が求められます。Aethero社は、耐放射線強化型のシステム設計アーキテクチャを備えた宇宙環境対応の高性能コンピュータを提供することで、この課題を解決しています。また、Aethero社のコンピュータは、単一、複数冗長、および分散型エッジコンピューティングモジュール(ECM)に加え、ハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)クラスタにも対応しています。
Aethero社の宇宙環境対応の高性能コンピュータ(資料提供:Aethero社)
Aethero社の設計は、競合他社のものと大きく異なる点が複数あります。まず、コンドルクラスタと同様に、Aethero社もCOTS部品を使用することで、コストを削減しながら、性能を向上させています。Aethero社のCTO兼共同創立者であるAmit Pinnamaneni氏は次のように述べています。「Aetheroでは、耐放射線強化および放射線耐性部品とCOTSコンポーネントを併用するというハイブリッドアプローチを採用することで、宇宙コンピューティングの限界に挑んでいます。」従来のオンボード処理システムメーカーは、クラス1の宇宙製品には耐放射線強化および放射線耐性部品を、下位クラスの製品にはCOTS部品を使用していますが、ハイブリッドアプローチ(シールドやハードウェア/ソフトウェアによる対策を含む)を採用しているAethero社は、性能、効率、コストの最適化をすべての設計で実現しています。
Aethero社の技術のもう1つの重要なメリットとして、モジュール性が挙げられます。Pinnamaneni氏は次のように語っています。「Aetheroは、各ユーザーが特定の用途に合わせてシステムをカスタマイズできるようにする拡張ボードのエコシステムをサポートしています。ユーザーはGPUモジュール、フラッシュストレージ、およびAethero製の互換性のあるさまざまな拡張ボードを交換することができます。内部の各拡張ボードもモジュール式であり、個々のフィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)モジュールや全地球測位システム(GPS)モジュールなどの各部品のアップグレードや交換を個別に行うことができます。また、システムをモジュール式または分散コンピューティング構成に容易に設定することもできます。」
Aethero社のモジュール式技術を分解図で示したレンダリング画像(資料提供:Aethero社)
モジュール設計の維持は、Aethero社にとって不可欠な要素です。なぜなら、同社のコンピュータは、小型のCubeSatから大規模な宇宙ステーションまで、さまざまなプラットフォームで機能するように設計されているからです。Aethero社の設計は、分散コンピューティングデータセンターや宇宙機内のスーパーコンピュータのノード数を宇宙機の能力に合わせてスケーリングできるようになっています。
これらはすべて、自律型宇宙機の運用、マシンビジョン操作、動画および画像処理、高周波(RF)信号処理、人工知能(AI)および機械学習(ML)、ソフトウェア定義無線(SDR)、データ圧縮および管理など、多くの機能を実現しながら達成されています。また、Aethero社のコンピュータを使用しているエンジニアやオペレーターは、実績のある機械学習パッケージを活用することで、導入後でもオーバーザエア(OTA)アップデートを通じてシステムを容易に再プログラミングすることができます。
このような汎用性を持つAethero社の製品は、多くの業界で幅広い用途に活用できます。潜在的なユースケースの一例として、自動注釈処理、トレーニング、開発が自動化された地球観測用ビジュアルポジショニングシステムへの電力供給、ポイントオブインタレスト(POI)の追跡(政府による違法漁業の追跡など)、および自律的な精密操縦、ドッキング、ランデブー・近傍運用(RPO)などが挙げられます。
Pinnamaneni氏はこうも述べています。「当社の分散コンピューティングデータセンターアプローチを活用すれば、5GなどのRF標準を使用して携帯電話やその他の地上コンピューティングデバイスに直接接続できるコンテンツ配信ネットワーク(CDN)プロバイダを実装することができます。」人々を結びつけるのに役立つこのユースケースは、航空宇宙業界に固有の「協力と協調の原則」に基づいています。
注釈が付けられた地球観測画像(資料提供:Aethero社)
具体的な例として、軌道上で自律的にドッキング操作を行う宇宙機を考えてみましょう。宇宙機はこれを実現するために、推進システムと、姿勢決定および制御システム(ADCS)のセンサーによるセンサーフュージョンを利用します。このプロセスでは、複数のカメラ、センサー、AI/MLビジョンモデルから取得したデータを組み合わせて、宇宙機の現在の位置を特定し、適切なドッキング位置へ誘導します。
このプロセスを宇宙空間で行うにはいくつかの課題があります。まず、センサーデータを地球に送信して処理し、その後再び宇宙機に戻すプロセスは、非常に時間がかかります。こうした処理の代わりに、Aethero社の宇宙環境対応のコンピュータは、同社のオンボードコンピューティング機能を活用することで、宇宙空間でリアルタイムのセンサーフュージョンと画像処理を効率的に実行します。これにより、地球と宇宙間でデータを送受信するという時間のかかるプロセスを回避しています。
Aethero社は、これらのメリットを実現しつつ、宇宙コンピューティングの発展を推進し続けるため、Ansysのシミュレーションソフトウェアを活用しています。
AnsysスタートアッププログラムのメンバーであるAethero社は、ソフトウェアとハードウェアの設計・開発プロセス全体および運用においてシミュレーションソリューションを活用することで、耐放射線強化環境向けの宇宙環境対応コンピューティングソリューションの開発で直面する主要な課題に対処しています。
宇宙の耐放射線強化環境向けの設計は、従来は長期の開発サイクルで物理的なプロトタイプの作成とテストを行う、長期間にわたるプロセスでした。Aethero社はこの開発サイクルを短縮するため、設計および開発プロセスにシミュレーションを導入しました。
具体的には、シミュレーションを用いて、コンピュータに対する放射線の影響を解析することで、製造に移行する前に弱点を特定しています。これにより、コスト削減と開発・テスト時間の短縮を図ることができます。Pinnamaneni氏は次のように述べています。「シミュレーション結果は、実際のテストを通じて当社の『テストアズユーフライ(Test as you fly)』アプローチで検証し、両方の結果が一致していることが確認されています。」
宇宙で使用されるハードウェアは、小型化、高性能化、省エネルギー化が進むにつれて、その複雑さも増しています。このような複雑な設計を最適化するには、優れた解析ツールが不可欠です。Aethero社のチームがこのニーズに対応するために採用したのが、Ansysのシミュレーションソフトウェアです。Pinnamaneni氏は次のように語っています。「私たちは、Ansysのツールを使用することにより、宇宙環境での運用要件を満たすために必要なシールド、筐体厚さ、ハードウェア設計のバランスを取り、最適化しています。」
特に電気解析に際しては、高周波電磁界シミュレーションソフトウェアAnsys HFSSを利用して、3Dレイアウトと電磁界解析を行ったほか、シグナルインテグリティ/パワーインテグリティ/EMI解析に対応するPCB設計ツールAnsys SIwaveを活用して、パワーインテグリティ/シグナルインテグリティを検証しました。また、個々の部品レベルの放射耐性解析には電磁干渉/適合性シミュレーションソフトウェアAnsys EMC Plusを、個々の部品とPCBの熱シミュレーションには電子機器冷却シミュレーションソフトウェアAnsys Icepakを使用しました。
宇宙ミッションを計画する際、宇宙環境全体を考慮に入れることは容易なことではありません。そのため、Aethero社はデジタルミッションエンジニアリングソフトウェアAnsys Systems Tool Kit(STK)を活用して、宇宙環境におけるシステム全体の性能を調査しました。Aethero社は、Ansys Systems Tool Kit Space Environment and Effects Tool(STK-SEET)機能を含むAnsysのシミュレーションを利用することで、衛星と地上局間の通信や、さまざまな地点における放射線や太陽熱の影響の予測から、運用構想(ConOps)の手順の計画に至るまで、あらゆることを実現しています。
Aethero社のチームは、この包括的な解析の一環として、熱解析に特化したモデリングソフトウェアAnsys Thermal Desktopを使用して、システム全体の流れ場と温度をシミュレーションしました。
自律型宇宙技術には、瞬時(もしくはそれに近い)の意思決定が不可欠です。たとえば、重要な意思決定を行う必要がある衛星を運用する企業は、基本的な機能に関するすべてのコマンドを自ら送信するのではなく、その代わりに、リアルタイムで意思決定と補正を自律的に行える衛星を開発したいと考えています。
こうした状況が発生するシナリオの一例として、宇宙機がドッキングまたはRPO中にスピンやタンブリングを起こすことが挙げられます。この場合、宇宙機は、自律的にタンブリングを停止させ、姿勢を再度整えるように設計できます。地上のエンジニアは、STKとAnsys Orbit Determination Tool Kit(ODTK)を使用することで、事前にタンブリングを解析し、この状況に対応するためのConOps手順を策定することができます。その後、この手順が打ち上げ前にAethero社のエッジコンピュータに入力され、必要に応じて活用できるように準備されることで、宇宙機が自律的かつ即座に問題を解決できるようになります。このようにしてエッジコンピューティングを宇宙に持ち込むことにより、リアルタイムの自律的意思決定が可能になります。さらに、これらの製品は、報酬モデルを用いた強化学習を通じて、操縦の正確さと精度を自律的に経時的に向上させることができます。
宇宙業界が進化する中、多くのエンジニアやオペレーターは、エッジコンピューティングを活用してトレーニングや推論を行うことで、モデルを最新の状態に保つ試みを始めています。しかし、他の多くの製品が採用している既存のFPGAベースのシステムでは、このようなコンピューティング処理を効率的にサポートすることができません。Aethero社はすでに、20~157テラオペレーション(TOPS)をサポートするNxN-ECMシステムという、先見の明のある代替案を提供しています。さらに2025年第4四半期には、エッジコンピューティングモジュール内の個々の計算要素で275TOPS、または2つの計算要素で最大550TOPSをサポートするNxA-ECMをリリースする予定です。
Aethero社のチームは、将来的にはAI技術の成長により、推論とトレーニングに焦点を当てた宇宙ベースのコンピューティングユースケースが拡大すると予測しています。Pinnamaneni氏は次のように述べています。「私たちが追求したいと考えている、自動化や適応型宇宙プラットフォームの高度な手法を実現するには、宇宙機がオンボードのAI/MLモデルを微調整できるようにするしかありません。これにより、対地同期軌道(GEO)、シスルナ圏、火星環境など、さらに遠方の目的地でエッジコンピューティングを活用できるようになります。」
Pinnamaneni氏は、この分野での進展により、エッジコンピューティングが資源採掘、軌道上での現地組立・製造(ISAM)、およびその他の動的な状況に活用されるようになり、宇宙経済の未来に貢献することになると語っています。この予測は、地球上ですでに同様の技術的進化が見られているという事実によって裏付けられています。
Aethero社のNxA-ECM(資料提供:Aethero社)
この取り組みで成功を収めるには、Aethero社の製品を活用することでミッションをより効果的に達成できる企業とのパートナーシップが不可欠です。Pinnamaneni氏は、パートナーシップにより、Aethero社は実績のある衛星プラットフォームに同社のエッジコンピュータを統合し、完全かつ迅速に導入できるソリューションを最小限の非反復エンジニアリング(NRE)コストで顧客に提供できるようになると話します。
Aethero社は、この成長をさらに加速させるため、Ansysの支援を受けて、中小企業技術革新研究プログラム(SBIR)助成金の獲得を目指しています。このパートナーシップにより、Aethero社は宇宙機に搭載されたモジュールの1つでSTKを実行し、ConOpsを実施する前にそのシミュレーションを行うことが可能になります。STKが宇宙機からリアルタイムでデータを取得するため、同社のチームは通信性能などの重要な予測をはるかに高い精度で行えるようになるとPinnamaneni氏は述べています。
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