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パワーインテグリティとは

パワーインテグリティ(PI)は、電子システムの電源ネットワーク(PDN)がシステム全体に安定した電力を効率的に供給できるようにすることに焦点を当てた電気工学に属するひとつの分野です。プリント基板(PCB)集積回路(IC)、およびICパッケージを正常に動作させるには、電圧の時間的変動を最小限に抑えた安定した電力を供給する必要があります。また、PDNは、信号回路に干渉せず、発熱によるエネルギー損失を最小限に抑えられるように設計することが重要です。良好なシグナルインテグリティの維持、デバイスの許容温度範囲内での安定動作、電力消費の大幅な削減を実現するためには、設計において適切なパワーインテグリティを確保する必要があります。

エンジニアは、電子システムのPDN(電源供給ネットワークとも呼ばれる)の評価、修正、改善を行うために、さまざまなソフトウェアツールと実機試験を活用します。

パワーインテグリティはシグナルインテグリティと密接に関連しており、通常は両方を同時に解析します。電子システムが小型化および複雑化し、より多くの電力を必要とし、さらには高周波化するにつれて、パワーインテグリティの重要性と課題が増大しています。

パワーインテグリティが重要な理由

一見すると、信頼性の高い電力供給を実現することは、電子回路設計の他の分野に比べて比較的容易に思えるかもしれません。デバイスを電源に接続し、適切な電圧を設定して、信号回路に電力を供給するための電源レールを設けるだけで済みそうですが、現実はより複雑です。電子の移動によって磁場が発生し、それが他の回路に干渉したり、抵抗による電力損失を引き起こしたりする可能性があるのです。

そのため、エンジニアは設計プロセスのできるだけ早い段階でパワーインテグリティを解析し、潜在的な問題を特定する必要があります。現代の電子機器は複雑で、複数のコンポーネント、層、インターコネクトで構成されているため、変動を最小限に抑えながら適切な電圧範囲を実現することは容易ではありません。

実際、現代の電子機器は、複数の層、これらの層を接続するビア、およびコンポーネント間の複雑なインターコネクトを備えた複雑な多成分アセンブリであり、この構造によって、DC電力と広範な周波数範囲の信号が伝送されています。

パワーインテグリティの重要性を理解するためには、主要な3つのパワーインテグリティの問題を見てみるとよいでしょう。

電源電圧の変動

外部ACまたはDC電源から電子システムに電力が供給されると、コンポーネントが入力電圧を、システムに必要なDC電圧に変換します。しかし、この電力変換プロセスは、PDNのインダクタンスと相互作用する過渡的な電圧変動を発生させ、ノイズまたは電圧リップルと呼ばれる電圧スパイクや変動を引き起こすことがあります。

電圧変動のもう1つの原因は、電流需要の急激な変化です。動的電流が生じる最も一般的な原因は、クロック信号によってトランジスタが静的電流状態から高電圧状態に切り替わることです。デバイスのPDN内の電圧制御モジュール(VRM)は、電流の変化に即座に対応できず、これが原因で電圧がスパイクしたり急低下したりする現象(電圧リップルと呼ばれる)が発生することがあります。代表的な例としては、マイクロプロセッサがアイドル状態から負荷の高い計算を行った後、再びアイドル状態に戻ることで、大きな電力変動が発生することが挙げられます。このジッターは、PDNの電源供給経路とリターンパスの両方に影響を及ぼす可能性があります。

電磁干渉(EMI)

電源電圧または接地電圧の変化は、周囲の回路に不要な電流を誘導する電磁波を発生させる可能性があります。同様に、高周波のデジタル回路やAC回路が生成する信号も、電源回路に不要な電流を誘導することがあります。このクロストーク(または電磁カップリング)は、シグナルインテグリティに直接的な影響を及ぼします。設計段階の初期段階でこのクロストークを特定し除去しないと、後に必要となる電磁両立性(EMC)試験で問題が顕在化する可能性があります。さらに、この試験で検出されなかった場合は、動作中にシグナルインテグリティの問題が発生することになります。

電力損失

電源回路の導電性が不十分な場合、PDNで電圧降下が発生する可能性があります。電流が抵抗に遭遇すると、電力が熱として失われます。そのため、PCBとICパッケージの設計に際しては、電源層、電源ビア、およびリターンパスの構成が低インピーダンスかつ低抵抗となるように設計する必要があります。

現代社会で広く使われている高性能電子システムを高速設計によって実現するためには、パワーインテグリティに関するこれらの問題やその他の課題を克服することが不可欠です。パワーインテグリティが適切でないと、製品が過熱したり、シグナルインテグリティの問題に直面したりし、性能低下やコンポーネントの故障につながる可能性があります。 

パワーインテグリティの重要な要素とは

電子システムのPDNは、PCBレイアウトまたはICパッケージ内の導電路とコンポーネントで構成されています。PDNは、電源から電流を供給するだけでなく、低インピーダンスのリターンパスを介して電流を戻す役割も果たさなければなりません。パワーインテグリティを理解するためには、PDNの性能に関する以下の重要な要素を考慮する必要があります。

電源レール

特定の電圧を複数の回路コンポーネントに供給する導電路を電源レールと呼びます。PCB設計における電源レールとは、基板の異なる層に電力を供給した後、グランドに戻す導電路を指します。この「レール」という用語は、電源が実際の導電性金属レールであった初期のアナログ電気設計に由来しています。

電源層

フレキシブルPCBを含むPCBは、導電材料と絶縁材料の層が交互に重ねられた構造となっており、ビアという垂直型の中空導電柱がスタックアップ内の各導電層を接続しています。信号処理層に電力を供給する層は電源層と呼ばれます。この層の厚さは固定されているため、電源層の導電材料の通電容量は導電トレースの幅によって決まります。このトレースの幅が十分でない場合、局所的な抵抗によってジュール熱が生じ、電力損失が発生する可能性があります。

リターンパスと接地面

電源回路を完成させるためには、電流が信号回路から電源に戻るようにする必要があります。PDN内の電流が負荷からグランドに戻る経路はリターンパスと呼ばれます。また、PCB内でリターンパスを構成する層のことを接地面と呼びます。

インターコネクト

インターコネクトは、電子システムの各部分をつなぐ接続要素であり、PCB、ボールグリッドアレイ、またはピンの形をとることがあります。コンポーネント間で信号と電力を伝送するインターコネクトには、パワーインテグリティの問題の影響を受けやすいという特性があります。

グランドバウンス

グランドバウンスは、接地電圧が予想される一定値から一時的に逸脱する現象です。信号回路の急激な電圧変化によって電流が変動すると、EMIが発生し、これによって接地面に不要な電流が流れ込むことで、グランドバウンスが生じます。また、スイッチング時に電荷を蓄積および放出するPCBの配線やビアの寄生容量も、グランドバウンスの一因となります。

ジッター

ジッターとは、PDNのノイズ、信号および電源回路から発生するEMI、タイミングの問題、およびコンポーネントのばらつきによって引き起こされるデジタル信号の変動やスパイクのことを指します。ジッターはシグナルインテグリティの問題の主要な要因であるため、これを低減することが基板設計の重要な課題となります。パワーインテグリティを確保するためには、電源電圧と接地電圧のばらつきと、電源回路と信号回路間の誘導結合を低減することで、ジッターを最小限に抑える必要があります。

寄生損失

寄生損失とは、回路の機能や出力に寄与しないエネルギー転送によって発生する電気回路内の電力損失を指します。パワーインテグリティに影響を及ぼす寄生損失には、容量効果、誘導効果、抵抗効果による電力損失などが含まれます。寄生損失は回路効率を低下させるだけでなく、性能や物理的なロバスト性に影響を与える不要な熱を発生させる可能性があります。寄生損失は、パワーインテグリティのみならず、シグナルインテグリティにも影響を及ぼします。

ジュール熱

電流が物質の抵抗に遭遇すると、一部の電気エネルギーが熱エネルギーに変換されます。このプロセスは、物理学者のJames Prescott Joule氏にちなんで「ジュール熱」と呼ばれます。発生する熱エネルギーの量は、物質の抵抗と電流の二乗に直接比例します。

PDNインピーダンス

PDNインピーダンスは、抵抗、インダクタンス、キャパシタンスによって構成される、PDN内の電流の流れに影響を与える特性です。パワーインテグリティ設計の最終目標は、PDNインピーダンスをシステムの目標インピーダンスよりも低く保つことです。目標インピーダンスは周波数に依存し、DCでは1mΩ未満、10GHzでは100mΩ未満と大きく変動します。PCBのレイアウトは、PDNインピーダンス、電流経路のインダクタンス、および電源層と信号層のトレース間のキャパシタンスに影響を与えます。また、デカップリングコンデンサがインピーダンスに影響を与えることもあります。PDNインピーダンスは周波数に応じて大きく変動します。

デカップリングコンデンサ

デカップリングコンデンサは、VRMが迅速に反応できない場合に電流を供給するディスクリート部品です。PDNインピーダンスが周波数に応じて変動するため、設計者はPDNに複数のデカップリングコンデンサを配置することで、広範囲の周波数でインピーダンスを低く保つ必要があります。 

パワーインテグリティを測定し、解析する方法

電源供給ネットワークを設計した後は、時間とともに変化する電圧と温度を電源側と接地側の両方で測定し、解析する必要があります。これは、シミュレーションソフトウェアを用いて仮想的に行うことも、デジタル電圧計やオシロスコープなどの物理的な解析ツールを使用して実施することも可能です。どの方法を採るにせよ、目標は、ジッター、EMI、ジュール熱といったパワーインテグリティ問題の原因を特定することです。 

Thermal camera heat moves into heatsink
Icepak AEDT simulation

パワーインテグリティ問題に起因する発熱分布を熱カメラで撮影した画像(左)と、Ansys Icepakによるシミュレーションで得られた温度コンター(右)の比較

発熱問題に対処するには、熱カメラで撮影したシステムの発熱分布と、シミュレーションで得られた温度コンターを調査します。ジッター、EMI、およびこれらがシグナルインテグリティに与える影響は、電源回路および接地回路では、各ポイントにおける時間とともに変化する電圧として、信号回路ではアイダイアグラムとして測定および解析します。

シミュレーションを用いてパワーインテグリティを測定および解析する

PCBまたはICパッケージの設計が完了した後は、デジタルモデルを使用してパワーインテグリティの評価に着手する必要があります。PDNの電気-熱設計は形状に強く依存するため、その設計をシミュレーションすることが有効な出発点となります。チームメンバーは、最初にシステムの最大電力需要を想定した動作ケースをシミュレーションするとともに、電源層と接地面での電圧降下を計算する必要があります。

熱伝達をモデル化する際には、異なる変数を含む複数のマルチフィジックスシミュレーションが必要になることがあります。熱シミュレーションでは、最悪の動作条件を再現した現実的な環境条件を使用しなければなりません。エンジニアは、こうしたシミュレーションの結果に基づいて、電源回路および接地回路の形状を変更したり、熱ビアの追加や移動を行ったり、電子機器の熱管理のベストプラクティスを用いて熱の拡散と制御に取り組んだりすることができます。

Ansys SIwaveと組み合わせて、この種の解析を行う場合に有効なソフトウェアがAnsys Icepakです。Ansys SIwaveでは、ECADソフトウェアから直接ジオメトリを読み込み、電流の流れと電力損失をシミュレーションすることができます。その後、熱流束データをIcepakに入力することで、電磁界モデル内の温度を計算し、更新することができます。 

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チップパッケージとPCBを含む電子アセンブリにおける電力損失を示す画像(Ansys SIwaveで生成)。エンジニアは、この情報を使用してジオメトリを修正することで、損失を減らし、パワーインテグリティを確保できる。

電力損失設計を選定した後は、PDNノイズの解析と合わせて、EMIをシミュレーションする必要があります。複数の動作条件でEMIを解析することで、シグナルインテグリティとパワーインテグリティを同時に評価することができます。SIwaveなどの包括的なツールでは、容量結合と誘導結合をシミュレーションする際に、同じ電力損失モデルを使用することができます。

最初に、PDNインピーダンスを測定し、目標インピーダンスを満たすまで設計を微調整する必要があります。これらの反復作業では、回路トレース間の間隔を調整したり、電源層や接地面の形状を変更したり、ビアを移動または追加したり、クロストークを低減するためにコンデンサを追加したりすることがあります。

ほとんどの電子システムには、PCBと集積回路の両方が組み込まれています。そのため、パワーインテグリティをチップレベルで計算する際には、アナログおよびミックスドシグナルIC向けのAnsys Totemプラットフォームや、デジタルおよび3D-IC向けのAnsys RedHawk-SCプラットフォームなどのロバストなツールセットを使用する必要があります。

仮想測定と解析の最も重要な点は、シミュレーションで実際のすべての動作条件と使用シナリオを考慮することで、潜在的なパワーインテグリティの問題をすべて特定し、解決できるようにすることです。

パワーインテグリティの実測と解析

多くの場合、広範なシミュレーションとパワーインテグリティのサインオフを終えた後でも、実機試験が必要です。テストベンチでは、シミュレーションと同様の測定と解析が求められます。エンジニアや技術者は、PCB上の重要な場所にプローブを配置し、時間とともに変化する電圧を捕捉します。その後、このデータをオシロスコープで使用することで、入力信号と出力信号を比較するためのアイダイアグラムを作成することができます。

また、実機試験では、熱カメラや熱電対を使用して、時間の経過に伴う温度変化を監視することが不可欠です。デジタル環境と同様に、デバイスをさまざまな環境条件や使用シナリオに置いてテストすることで、信頼性の高い性能を確保することが可能になります。

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